「あるものを生かす」=「あるもので満足する」?

雪国は冬中、道は雪に埋まるか、消雪用の水が流れているので、なんだか乾いた道路を歩くのが久しぶりで、足取りも軽やかになります。


さて、この時期になると楽しみなのが、秋に漬けた野沢菜。


冬中も度々食べていたのですが、なぜこの時期の野沢菜漬けが楽しみなのかというと……


この時期ならではの食べ方があり、その料理がとっても美味しいからです。


その名も「煮菜」

「ニイナ」と読みます。


これですね。


本当にクセになるほど、美味しいのです。



雪国で育まれた知恵

そもそも、野沢菜は津南町あたりでは11月に収穫をして、そのままそっくり塩漬けにすることが多いです。
おおよそ3週間くらい漬けたら、食べられるようになり、浅漬けで食べたり、本漬けとして冬中食卓に並ぶのです。

そうして、農作物の作れない冬の大事な保存食として、位置付けられてきました。

しかし漬物と言っても、春先になってくると段々と気温も上がってくるので、漬物も酸っぱくなってきてしまいます。

春になったと言っても、毎年3メートルくらいの積雪がある津南町では、田んぼや畑が始められるくらい雪がなくなるのは5月のはじめです。

3月~4月の頃は春と言っても、まだ農作物が収穫できませんし、3月ではまだ山菜も出てこないので食べるものがないのです。

そんな春先にどうにか食べるものを見つけなくては。

そうして生まれたのが「煮菜」だったのです。


春まで残り酸っぱくなった野沢菜漬けを塩出しして、だし汁でコトコト時間をかけて煮るだけ。
お好みで、打ち豆や油揚げ、唐辛子などを入れます。


とってもシンプルなのですが、本当に美味しいんです。(2回目w)



「捨てないで使い切る」って貧乏くさい?

雪国には、「煮菜」のような「捨てないで使い切る」知恵がたくさんあります。
わたしはそれらの知恵は、とても価値のあるものだと思っているのですが、当の本人たちと話をすると、

「昔は何もなかったから。貧乏くさいでしょ。」

と言われます。


でも、果たして本当にそうでしょうか。



だって、本当に美味しいんですよ!(3回目w)




「あるものを生かす」というと、

「目新しい最高のものがないから、ここにあるもので代用する」
というようなニュアンスを持たれることもあります。


「食べるものが限られていた環境から育まれた」
という背景にあるストーリーがあるから、素晴らしい。


それも事実ではありますが、


それを一旦置いておいても、
「煮菜」は美味しいんです。



わたしは「煮菜」が食べたいがために、本当なら冬中で食べきれる野沢菜漬けを春まで取っておきます。


サブではなく、メインになるくらい、素晴らしいんです。


それは「あるものでなんとかしよう」という以前に、
「美味しいものを食べたい、作りたい」という最高のものを追求しようという心持ちがあると思うんです。



「あるものを生かす」知恵の裏には、飽くなき挑戦心がある。

「煮菜」にしても、他のさまざまな知恵にしても、
「そこまでやる?」
という、ある意味ものすごい執着心のようなものも感じます。

でも、それだけ執着してもこの地に暮らす人がいて、
文化が続いているということは、


執着心だけではなく、「この地にあるものは最高のものにできる、いや、してみせる!」というくらいの飽くなき挑戦心が隠されているのではないかと最近思っています。


「あるものを生かす」ということは、現状に満足するのとは違います。
「より豊かな暮らし」への挑戦です。



一つひとつの小さなことから、「最高のもの」磨いていきたいですね。





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